もはある日記

岡山県の西端で、英日翻訳をしています。ここに「も」ステキなもの「は」いっぱい「ある」よ!

読書:『翻訳通訳研究の新地平』

Translation Quality Assessment: Past and Present』を読んでいる、という記事を先日書きました。そこで言ったように、日本語で書かれた翻訳学の本もぼちぼち読んでいます。

 

今回読んだ本はこちら。『翻訳通訳研究の新地平』。

本書は 2015 年に立教大学で行われた連続講演会「通訳翻訳と異文化コミュニケーション」の内容をまとめたもので、「字幕翻訳の挑戦」、「国家戦略と通訳翻訳」、「戦争と言語」、「翻訳通訳教育の最前線」の 4 章構成になっています。各章は独立しているので、気になったトピックを拾い読みすればかまいません。

 

個人的に面白かったのは、「字幕翻訳の挑戦」と「国家戦略と通訳翻訳」のゲームローカリゼーションに関するセクションです。いずれも、翻訳実務に関係するトピックです。

字幕翻訳の挑戦

まず、「字幕翻訳の挑戦」について。この章は、プロの字幕翻訳者が当たり前のように従っている規範に疑問を投げかけ、他の字幕翻訳方法を紹介するものです。

プロの翻訳者はいろいろと制約がある中でベストを尽くしていますが、その制約は本当に妥当なものなのかを外からの視点で検証しているのは新鮮でした。

 

講演者マーク・ノーネス氏は、1999年に論評「濫用的字幕のために (For an Abusive Subtitling)」で従来型の字幕を「腐敗的」と評しました。一般大衆が理解できるよう平易に訳し、視聴者が眉を顰めるような刺激的な(差別的、猥褻的、暴力的)言葉を控える…といった規範は、収益を落としたくないという商業的な動機によるものであり、原文の持つ意味を変容させてしまうものである、と。これを分かりやすくまとめている箇所を引用します。

カネの影響力はとりわけ字幕翻訳において強い。言語的また文化的な異質性や脚本家の芸術的な意図が消され、誰にでも分かるようにされた従来型の字幕を生み出しているのは、一般大衆の観客を引き込もうという欲望なのだ。(本書 19 ページ)

プロの字幕翻訳家のインタビューやエッセイを読むと、多くは、できる限り原文に忠実に、情報を落とさずに訳そうとしている様子です。それでも「腐敗的」と言われる字幕ができてしまう原因は、訳した後の工程にあるのか (配給会社の意向なのか)、それとも無意識的に腐敗的な訳をしてしまっているのか…?が気になりました。

他にも映画の翻訳に関しては、英語が苦手な人には意味不明な原題をカタカナにしただけの映画タイトルや、ダサいポスター問題なんてのもあり、商業的動機が翻訳に及ぼす影響を考えるのは面白いですね。

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国家戦略と通訳翻訳

前述のように、「国家戦略と通訳翻訳」で興味深かったのはゲームローカリゼーションに関するセクションです。私がゲーム開発関連分野の翻訳に携わっているからという理由もありますが、翻訳の質と売れ行きに関する考察はどの分野の翻訳者でも気になるところではないでしょうか。

該当箇所を以下に引用します。

ローカリが付け足し的にアドホクで対処されていた初期は、日本人のゲーム開発者が辞書を片手に翻訳することも頻繁にあり、和製英語から不可解な直訳まで、品質管理の欠落が問われる訳が多く出回った (Kohler, 2005)。ここで興味深い点は、翻訳の欠陥が明らかにゲームの売り上げに響いたというケースは文献では報告されていないという点だ。逆に、ゲーム・ファンの間では広く知れ渡っているセガアーケードゲーム『ゼロウィング』(1989) における日本語台詞の英訳「All your base are belong to us」は、その意味不明度からインターネット・ミームになり、このゲームの知名度を上げる結果をもたらした。(中略) 興味深いのは、ゲームが通常通り機能し面白ければ、翻訳の品質に特別にクレームがつくことは必ずしもなく、よって、他の翻訳分野と比べると、翻訳の品質に対するゲームのプレイヤーの考え方と業界ならびに翻訳研究で理解されている翻訳品質規範の間には乖離があるという仮説を立てることができる。 (本書 54 ページ)

現時点では、翻訳の質と売れ行きの関係を示すデータはないということですが、研究の場で関心が寄せられているのはありがたいことで、続報があればぜひ知りたいです。

格闘ゲームやパズルゲームなどの言語依存性が低いゲームなら、ゲームが面白ければ翻訳の質が低くても売れ行きは左右されないであろうと想像はつきますが、ストーリー性の強いゲームだったらどうなんでしょうかね。

 

そういえば、ゲーム翻訳の品質に関するトラブルで、ゲーム冒頭を無料でプレイできて面白かったのでお金を払ったら有料でプレイできる箇所は翻訳がめちゃくちゃで進められない…という詐欺のような話を聞いたことがあります。その後どうなったのかを聞くことはなかったのですが (多分、炎上とかもしていない)、故意だったのか、予算やスケジュールの都合だったのか (売れたら訳を改善するつもりだったのか)、事情がとっても気になりました。

 

こんなツィートも見つけました…↓。これは悪質ですね。