もはある日記

岡山県の西端で、英日翻訳をしています。ここに「も」ステキなもの「は」いっぱい「ある」よ!

産業字幕翻訳を請けるときのチェックポイント

ここしばらくの間に産業字幕翻訳の仕事を何件か請けました。

今までも字幕翻訳を何度も受けたことがあり、通常よりも時間がかかることを織り込んで引き受けたはずなのに、スケジュールをの見積もりが随分誤っていたようで、キツかった…。普通のドキュメント翻訳案件や映像字幕専門の会社から発注される字幕翻訳案件とは、ずいぶん勝手が違うのではないかと思います。

 

反省がてら、打診を受けたときに確認したいポイントをまとめます。

該当するものがあったら、スケジュールや単価を交渉したり、打診を断ったりすることを検討した方がよいかもしれません。

字幕テキストが人間によって書き起こされたものか?

最近増えたな~と思うのが、ソフトウェアを使って自動で書き起こした字幕テキスト (あるいは、それに少し人間の手を加えた字幕テキスト) です。

自動書き起こしは、YouTube で海外の動画を見るときや、オンラインミーティングの議事録作成などではとっても助かる存在なのですが、字幕翻訳の原稿としてはいろいろな問題を含んでいます。

書き起こしのミス

単純なスペルミスではなく、単語レベルでの誤りが散見されます。人名、地名、会社名、製品名といった固有名詞や、同音異綴語などは、よく誤っています。

翻訳では普通、原文が (多少ポカミスはあるとしても) 正しいことを前提に作業をします。ところが、自動書き起こしの場合は、原文が正しいという保証は何もないのですよね…。

ついつい字幕テキストを信じて訳してしまいそうになるのですが、音声を聞きながら頭をフル回転させてテキストが正しいのかどうかを確認しなくてはなりません。

 

ある案件で、何か論理がおかしいなーと思っていた動画の字幕テキスト disintegration が this integration の誤記だと気づくまでは 5 分くらいかかりました (英米の英語ではなかったのも原因ではある)。

先に字幕テキストを見てしまうと先入観が植え付けられてしまって、書き起こしの誤りになかなか気づけなかったりします…非ネイティブの貧弱な語学力 (泣)。でも、母語の日本語の自動書き起こしだとしても、専門的な内容だったらミスになかなか気付けないかもしれないです。

不適切なハコ切り

人間によるハコ切りであれば、大抵は

ハコ 1: 文 1

ハコ 2: 文 2

ハコ 3: 文 3 前半

ハコ 4: 文 3 後半

のように、文の切れ目とハコの切れ目を一致させるでしょう。

一方、自動書き起こしを使った場合、

ハコ 1: 文 1、文 2 前半

ハコ 2: 文 2 後半、文 3 前半

ハコ 3: 文 3 途中

ハコ 4: 文 3 後半、文 4 前半

のように、文の切れ目とハコの切れ目が一致しないことが多いのです (ソフトウェアによって違ったりする?)。

訳した文をハコに割り振るとき、ハコ割りがイマイチだと無駄に頭を悩ませることになります。場合によっては、ハコ割りの調整もしてね、と頼まれることも。私はハコ割りの専門家ではないので、妥当なスケジュールと料金設定がよく分かりません…。

申し送り

原文に誤りがてんこ盛りだと、その分申し送りの手間がかかるので、申し送り作成の時間も織り込んでスケジュールを見積もらねばなりません。

適切な字幕原稿が提供されていたら、こんなことにはならないのに!

文字数制限があるか?

ドキュメント翻訳と字幕翻訳では、普通、指定されるスタイルが異なります。ドキュメント翻訳でも、クライアントごとに使うスタイルが違うのは日常茶飯事なので、「ドキュメント翻訳と字幕翻訳のスタイルが違う」だけならそれほど問題はありません。

 

作業負荷に大きな影響を与えるのが文字数制限の有無です。

産業字幕翻訳の場合、文字数制限がない場合もあれば、ある場合もあり、ケースバイケースです。

1 行当たりの文字数や 1 秒当たりの文字数が制限されていると、あれこれ工夫しなければならないので、翻訳スピードが一気に低下します。さらに、カタカナにしか訳せず、略せない言葉が原文にあると詰みます (platform→プラットフォームなど。交渉して、逸脱 OK にしてもらいますが…)。

ワード数の計算 (すべて New か?)

通常の産業翻訳では、CAT ツールを使って、過去に類似文を訳していればその訳を調整して使用します。過去訳を活用できる分短い時間で翻訳できるので、参考にできる過去訳の量に応じてワード数を少なく計算する、という慣習になっています。

しかし、字幕翻訳の場合、類似文使いまわしではうまくいかないことが頻繁に起こり、その際はゼロから訳します。したがって、少なく計算したワード数で見積もった作業負荷と、実際の作業負荷が大きく乖離することがあります。翻訳者の理想は、翻訳対象がすべて新規翻訳扱いになることです。

ワード数は支払いにも影響するため、受注を決める前にしっかりと交渉する必要があります。

作業範囲に対して報酬が適切か?

ここまで、産業字幕翻訳を引き受けるときの要注意ポイントをいくつか見てきました。

1 つでも該当するポイントがあれば、ドキュメント翻訳にはない手間が発生したり、ドキュメント翻訳以上に時間がかかる可能性があります。

 

字幕翻訳もドキュメント翻訳も同一のスケジュールと単価で発注してくるクライアントや翻訳会社がありますが、同一スケジュールで字幕を受けたら過労でヘロヘロ、同一単価で字幕を受けたら時給ダダ下がり (ドキュメントを受けといたらもっと稼げたのになー) ということが起こりうるので、皆様お気をつけください。

 

以下に、ドキュメント翻訳に比べて字幕翻訳が面倒なポイントをまとめます。

支払われる報酬に対して、作業内容が妥当かどうかを考える参考になれば幸いです。

 

原稿に問題があれば、以下の作業が発生します。

  • 書き起こしのミスの修正 (場合によっては、ほぼゼロから書き起こし直すことも)
  • ハコ切りの調整
  • 原文字幕の誤りの申し送り

 

原稿に問題がなくとも、以下の作業のために、ドキュメント翻訳以上に時間がかかることが多いです (動画と同じ内容の文書を文字数制限なしで訳す場合の労力と比べると明らかです)。

  • 動画再生 (動画内容の確認、翻訳字幕が適切に表示されるかの確認など)
  • 文字数制限への対応