今回読んだ本はこれ。
『世界の英語 5大陸に広がる多様なEnglishes (中公新書)』
私の仕事である産業翻訳はクライアントがグローバル企業であることが多く、そうした企業は世界中を対象にビジネスをしているだけでなく、人材も世界中から集まるため、翻訳対象の文書はイギリス英語やアメリカ英語にとどまらず実に多様な英語で書かれています。
インド英語やシンガポール英語のような地域による英語のバリエーションもあれば、非ネイティブの英語もあり、はたまた、特定の業界や企業でのみ使われる言葉もあり。
かと思えば、珍しい言葉が頻出するな(どこ出身の著者だろう)と感じていたら、それが特定の地域の英語に由来する言葉遣いではなく、単に著者の癖だと後で分かったことも…。
常日頃から英語の勉強を心がけてはいるものの、いろいろな英語のバリエーションや著者の癖を見抜けるまで自分の英語力を高めるのは難しいな、と常々と実感させられます。。。
こうした経緯で、英語のバリエーションはいかほどあるのかが気になって読んだのが本書です。
本書では、英語を母語として使う地域(イギリス、北米、オセアニア)、公用語として使う地域(アジアのインドやシンガポール等、カリブ海、アフリカ)、外国語として使う地域(その他。日本など)に分け、特に母語地域と公用語地域を取り上げて、文法的・音声的バリエーションとそのバリエーションが生まれた歴史的経緯を解説します。
まず驚くべきは英語の本拠地・イギリス国内のバリエーションの多さでしょう。
私たち日本人がイギリス英語といって学ぶ発音は容認発音(Received Pronunciation)や BBC 英語と呼ばれるもので、国際的にはイギリス英語の標準発音と認識されていますが、実際のイギリスでは日常的に容認発音以外が話されている地域が数多くあるのです。
なぜイギリス国内でこれほど英語に違いが生まれているのかといえば、英語が話されるようになってからの期間の長さが大きいといいます。
英語母語話者の多い北米やオセアニアの国々は領土が広いものの、英語の地域差はほとんど見られません。こうした国では英語話者が入植してからの歴史が浅く(イギリス英語の歴史が1500年ほどあるのに対し、米国は400年ほど)、英語にバリエーションが生まれるまでに至っていないのだとか。また、入植者の出身地域が多様で、それぞれ異なる英語方言を話していたため、円滑なコミュニケーションのために英語の均一化が起こったそう。
地域的差異がない一方で、社会、人種、民族間でさまざまな英語の差異が見られるのが特徴です。
アジア地域では、現地に赴いた英語話者による植民地支配の歴史を経て、英語が公用語として使われています。様々な言語を話す民族が集まって国家を形成するうえでは、特定の民族の言語に公用語という特別な地位を与えるより、英語を公用語としたほうが争いにならないという政治的な判断も絡みます。
こうした公用語としての英語は、発音や語彙、文法の面でその地で話される他の言語の影響を受けます。
学校でイギリス英語やアメリカ英語を習うため、それ以外の地域の英語の聞きなれない言葉遣いや文法に接するとなんじゃそりゃ???…と感じることもあろうかとは思うのですが、詳しく調べてみると、もともとの英語に欠けている語彙や文法を補っていてむしろよく考えられているものが多いのですよね。いずれはそうした文法や表現がグローバルな英語に取り入れられていくこともあるのかも。
実際にいろいろな地域で話される英語が気になる場合は、東京外国語大学の言語モジュールで聞くことができます。
アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドといった母語地域のほか、シンガポール、アイルランド、インド、フィリピン、マレーシアといった公用語地域や、イギリスを構成するスコットランドとウェールズの英語をネイティブの発音で会話仕立てで確認できます(しかも、地域ごとに会話例が40も用意されているという大ボリューム)。
www.coelang.tufs.ac.jp
私は中高時代ALTの先生がフィリピン人だったのですが、フィリピン英語の解説を読んで、会話を聞いて…、自分の話す英語がめちゃくちゃフィリピン英語の影響を受けているなぁと再認識しましたよ。/z/ と発音すべきところをたまーに /s/ で発音してしまうのはもう絶対フィリピン英語の影響です。。。私が英語を話しているところに遭遇したら確認してみてね。
閑話休題。
いろいろな地域の英語について学んでわかってくるのが、話し言葉の差異は大きい一方で、書き言葉の差異は小さいということ。
書き言葉は発音やイントネーションといった地域差が顕著に表れる側面が無視されるだけでなく、学校で習う言葉を規範としている点が大きいそう(これは日本語も同じで、書き言葉では特段の目的がない限り地域の方言や若者言葉、業界用語といったものを避けた規範的な言葉遣いをしますね)。
TOEIC などの試験でも、リスニングやスピーキングではいろいろな地域の発音が許容されますが、リーディングやライティングに関しては従来のように英米の規範が基準になっています。
書き言葉の差異が小さいとはいえ、仕事でさまざまな書き手の文章に触れていると、必ず独特な英語表現(地域的な用法に由来するものであれ、書き手の習熟度が原因のものであれ)に出会います。
この本を読んで常に感じたのは、英語は一つの完成された体系ではなく「変化し続けている言葉」だということです。それは、イギリス内の地域的バリエーションの発生や、世界各地で話されている現地化した英語の存在などからも明らかです。
仕事のためにインド英語を学ぼう!と考えて学んだところで、また別の地域の英語が立ちはだかる。新しい英語が出てくる。際限がないかもしれない。
イギリス英語も、アメリカ英語もまだ全然極め切れていないのに、さらに課題を見付けてしまったわけですが。
課題がたくさんあるのは飽きがこなくていいものですよ。多分。