もはある日記

岡山県の西端で、英日翻訳をしています。ここに「も」ステキなもの「は」いっぱい「ある」よ!

読書:『見えないから、気づく』

今回読んだ本はこれ。

浅川智恵子さんという方をご存じでしょうか?

 

最近だけでも、視覚障害者のためのナビゲーションロボットを開発したり、

www.technologyreview.jp

日本科学未来館の館長に就任したり、

www.museum.or.jp

といろいろなトピックでニュースに取り上げられているので、お名前を耳にしたことがあるかもしれません。

 

浅川智恵子さんが自ら、これまでの歩みを振り返ったのが本書『見えないから、気づく』です。

どうやったらこんなキャリアを築けるんだ?と以前から興味深々だったので期待しながら本書を手に取りました。

本書では、浅川智恵子さんが中学生で失明してから、勉強で苦労した経験や、IBM に入った経緯、そこでいろいろな仲間と出会いながらソフトウェアを開発し自分のミッションを見つけていく過程、仕事・研究・子育ての両立を振り返ったうえで、これからの研究の展望を語ります。

 

しかし、本書は単にキャリアを振り返るだけではなく、視覚障害アクセシビリティの進歩の歴史を当事者 (利用者・開発者) の立場から振り返った本とも言えます。

 

失明した当初は、移動するにも、教科書を読むにも、他人の手を借りなければならなかった。大学は英文科に入ったが、コンサイス英和辞典の点訳版はなんと全71巻 (しかし英文科でやっていくにはそれだけでは不十分)。卒業後はコンピューターを使った仕事に就きたいと使い方を学ぶが、当時はまだパンチカードの時代。目が見えないので、入力したデータは印刷してオプタコンという機械 (カメラで文字を読み取って振動に変換する) で確認する必要があるが、振動を理解するための練習が大変…とハードルが立ちふさがります。そのようなハードルがある中で浅川智恵子さんがキャリアを築く助けになったのがテクノロジーです。

 

IBM に入ったころはちょうど音声出力装置が開発されたタイミング。音声出力装置が職場に導入され、コンピューターのデータを音声合成で読み上げてもらえるようになり、作業効率が劇的に向上しました。

その後、インターネットの登場に衝撃を受け、浅川さんは視覚障害者もインターネットを活用できるようにホームページ・リーダーの開発に注力します。この辺がきっかけとなり、アクセシビリティ技術の研究を志すようになります。

研究のために大学院に入った2000年代当時は論文のデジタル化が進んでおらず、図書館で論文のコピーを取ってから点字化する必要があり、論文を読むまでに随分時間がかかったそう (現在はデジタル化のおかげで簡単に点字ディスプレイで読むことができるとのこと)。

生活面では、スマートフォンの登場が革命的で、コミュニケーションが楽になったり、バス停の場所を GPS で確認してバスの時刻を知ることができたり、タクシーを呼ぶのが楽になったり。家電はタッチパネル操作になってボタンの位置が分かりづらくなったものがある一方、スマホと連携させて操作できたり、フィードバック音 (操作に応じて出る音) に工夫を凝らしたものが出てきたりと、便利になった側面もあるといいます。

 

さて。

私がやっているのは産業翻訳という仕事です。文字ばかりで構成された文書を翻訳するだけではなく、画像をふんだんに使った企業の Web サイトや、操作が複雑なアプリケーションの UI や、ビジネス関連の動画の字幕を翻訳したりすることもあります。

その際に、アクセシビリティの確保を意識させられることが多々あるのです。

本書の内容――特に、視覚のアクセシビリティがどのように拡充されていったのかといった歴史――を知ると、自分がやっている仕事にどのような意義があるのか、企業としてアクセシビリティに取り組むことにどのようなメリットがあるのか、多少なりとも今までよりも考えを進められたような気がします。

 

本書『見えないから、気づく』によれば、「ウェブが障害者の社会参加を促進する可能性に着目したアメリカ政府が2001年に法律を改正し、連邦政府とその関連機関が調達するすべての情報システムに対して、障害者であってもアクセスできることを義務付けた」とのこと。なるほど、英→日の翻訳でアクセシビリティを意識させられるのはそういう理由があったんだな、と腑に落ちました。

 

アクセシビリティに関して、翻訳でどのようなことをやっているかをご紹介すると…

まず、画像の代替 (Alt) テキストの翻訳がその最たるものです。画像にどのような内容が含まれているのかを説明するテキストを用意 (翻訳) します。

それから、音声読み上げソフト向けのナビゲーションテキスト。アプリケーションには、音声読み上げソフト専用のテキストが用意されていることがあり、それを翻訳します (音声読み上げソフトを使用しながらアプリケーションを操作すると、例えば、「都道府県ドロップダウンボックスをフォーカスしています。47 個の項目があります。下矢印で選択し、Enter キーで決定します」→下矢印を押す→「北海道」→下矢印を押す→「青森」のように読み上げられる)。

※翻訳後の LSO (Linguistic Sign-off: 翻訳したテキストを埋め込んだ製品でレイアウトのずれがないかなどを確認する作業) では、音声読み上げソフトで正常に読み上げられるかのチェックが含まれていることもあります。

こういったテキストは音声を通じて利用されるものであり、翻訳する際は、音で聴いてすぐに理解できるか、読み上げソフトで正しく読み上げられるかといった点が重要になります (その辺のテクニック?については、以前「音声読み上げソフトを考慮した翻訳 - もはある日記」という記事にちょっと書きました)。