もはある日記

岡山県の西端で、英日翻訳をしています。ここに「も」ステキなもの「は」いっぱい「ある」よ!

commercial は辞書どおりに訳すと大抵意味不明

産業翻訳では他のジャンルの翻訳と比べて commercial という単語が頻繁に登場しますが、この訳がなんとも難しいのです。

 

辞書を引くと、「商業の、商用の」「営利的な、民営の」「金目当ての」などという語義が書いてあります。辞書の最初に載っている「商業の、商用の」と機械的に訳したくなる人がいっぱいいるみたいなのですが、それは語義であって訳語ではない。結果的に、ぱっと意味が通じない訳になっている例をよく見かけます (他人事ではないのですが…)。

 

ではどうすればよいのか。

うまく訳語が見つからない場合は英英辞書や類語辞典で探すべし、なんてアドバイスがありますが、commercial ではうまくいった試しがありません (この後に挙げる例文で、英英辞書や類語辞典を使って的確な訳語にたどり着けるか試してみてください)。

 

そんなときにお勧めなのが、対義語を考えることです。commercial は形容詞として名詞を修飾します。話者は、名詞に commercial を付けることで、その名詞を何かと区別しようとしています。その「何か」を知ることが、訳語を絞り込む助けになります。

ということで、commercial の訳例をいろいろと考えていきます。

Commercial Software の訳は少なくともこれだけある

commercial software を例に、commercial の訳語を挙げてみます (IT 関連文書をよく読むので、commercial software にはよく遭遇するのです…)。

単純に「商用ソフトウェア」と訳されることも多いのですが (別にそれで誤訳でもない)、以下のように多義的に使われる言葉なので、必要に応じて別の訳語を使った方がコミュニケーションの負荷や万が一の誤解を減らせます。

 

ここに挙げた例文は、説明のためにとても単純化しています。実務ではここまで意味が簡単に特定できることはないので、前後の文をよく読み込んで、commercial が何と対になっているのかを把握する必要があります。

 

例文 1. Some users prefer commercial softwares due to the assurance of quality and regular updates, while others appreciate the flexibility and cost-effectiveness of free softwares.

(品質と定期的な更新が保証されていることから commercial softwares を好むユーザーもいれば、柔軟性と費用対効果からフリーソフトを高く評価するユーザーもいる)

この場合、フリーソフトと区別して commercial software を使っているので、「有償ソフトウェア」が妥当でしょうか。

 

例文 2. We use commercial software for common functions and in-house developed software for proprietary processes.

(一般的な業務には commercial software を使い、自社独自の処理には社内開発ソフトウェアを使う)

この例文では「commercial software」と「in-house developed software」が対で登場します。社内で開発したソフトウェアの対義語は、「市販ソフトウェア」あるいは「既製ソフトウェア」が考えられます。

 

例文 3. Many companies offer trial software versions to give potential customers a taste of what the commercial software has to offer.

(commercial software にどんな機能があるのか潜在顧客が確認できるように、多くの企業が試用版ソフトウェアを提供している)

こちらは「trial software」と「commercial software」が対で使われています。「試用版」の対義語は「製品版」。他にも、「デモ版」「アルファ版」と対比して commercial (製品版・完成版) が使われることがあります。

 

例文 4.  Commercial softwares focuses on features for productivity and efficiency, while consumer softwares prioritize user-friendly interfaces and enjoyable experiences.

(Commercial softwares は生産性と効率を上げる機能を重視するのに対し、消費者向けソフトウェアはインターフェースの使いやすさや操作の楽しさを重視する)

今度は、consumer の対義語として commercial が使われている例。「企業向けソフトウェア」あるいは「業務用ソフトウェア」と訳すと分かりやすくなります。

Commercial のその他の訳

他にも、実際に仕事で遭遇した例を挙げていきます。

 

Commercial Address

通販の注文フォームに書かれていた言葉です。同じフォームには Residential Address という言葉もありました。

そのまま訳せば、「商用住所」「居住用住所」となりますが、「会社住所 (職場住所)」「自宅住所」とすると日本語として自然ですね。

 

Commercial e-mail

顧客に新商品カタログを送るメールを指して言った言葉です。対義語は Personal e-mail (私用メール) かな、と推測し「営業メール」としました。

 

Commercial Sponsor

Wikipedia によれば、スポンサーとは、団体、個人、スポーツのチーム、イベント、施設、番組などに対し、金銭や物品、あるいはサービスを提供することにより支援する個人や企業、団体のことを指します。Commercial Sponsor と表現することで、スポンサーは行政 (や個人) ではなく営利企業ですよ、ということを示したいのでしょう。

「後援企業」「スポンサー企業」「民間スポンサー」と訳せるほか、文脈からスポンサーが企業であることが明らかな場合は commercial は訳文では省略して単に「スポンサー」とするのもアリだと思います。

また、広告 (CM) の出稿による金銭的支援だった場合は、「広告主」「コマーシャル提供」という訳も考えられます。

 

Commercial Area

「商業地域」が一般的な訳ですが、使われている文脈次第で、新宿・池袋・渋谷のような店舗が集まっている地域であれば「繁華街」、丸の内・新橋・品川のようなオフィスが集まっている地域であれば「オフィス街」「ビジネス街」のように訳してもよいですね。