「彼を知り己を知れば百戦殆からず」なんて言いますが、翻訳作業における「彼」とは、原文著者と読者ではないでしょうか。原文著者の目線に立ち、読者が自然に受け入れることのできる言葉に訳すためです。
実務翻訳に関していえば、以下のようなことを把握して著者像と読者像を把握しておくと翻訳作業がやりやすくなるでしょう。
- 原文著者: どのような仕事・経歴で、どのような業務経験から、どのような目的でその文章を書いたのか?
- 読者: どのような仕事か (仕事内容、業務・業界の常識 etc)?専門分野は?知識レベルは?どんな語彙を使うか?
…と結構堅苦しい感じに列挙しましたが、実際のところ、私は案件ごとに細かく読者像を設定しているわけではありません。どちらかといえば、「ABC ソフトウェア株式会社で働いている中堅プログラマーの A さん」のように著者像や読者像を設定し、A さんならどのような文章を書くだろうか? A さんが読んでいる業界紙にはどんな文章が載っているだろうか? というのを念頭に置きながら訳すわけです。
想定する著者像や読者像に自分が合致していたり (特定業界の専門性を高めて翻訳者に転職するパターン)、せめて合致する知人・友人がいれば良いのですが、そうは大抵いきません。
ではどうするか?オススメは特定の業界向けの勉強会・セミナーやカンファレンス後の懇親会なのですが、そのようなイベントに参加して楽しくおしゃべりするには最初はハードルが高いものです (ある程度勉強していかないと話を合わせることができないんだもの)。
そこで、趣味と実益を兼ねて、お仕事をメインテーマにしたお話をよく読んでいます。中でもお気に入りのお仕事マンガ・小説を紹介します (けっこう偏ってます)。
マンガ
NEW GAME!
高卒でゲーム制作会社に就職した主人公が、ゲームキャラクターの制作に携わりながら、プロとして成長していくストーリー。ゲームの企画、開発、デバッグ、リリースの流れや、プログラマーやキャラクターデザイナー、モーションアクターなどの連携もなんとなーくわかります。
現実のゲーム業界ではけっこう悲惨なエピソードを聞くことがあるのですが、本書はフィクションなだけあって、多少のトラブルがありつつも最終的には円満に解決するので安心して読めます (笑)。登場人物がみんないい人なので癒されます…。
アニメ化もされていて、コミックよりも解像度高くオフィスの環境を知ることができます (このソフトウェア使って開発してるんだ、とか)。
こちらもゲーム制作会社が舞台のマンガですが、雰囲気は NEW GAME! とは正反対です。悲惨なエピソードを集めて煮詰めて、主人公は御し難く度し難い。
主人公が抱える課題のスケールが大きいぶん、読み終えたときのすっきり感があります。
こちらは実写ドラマ化していましたね。
一級建築士矩子の設計思考
一級建築士の古川矩子 (こがわかなこ) が、設計事務所に勤めた後に独立、個人事務所を設立したところから始まる一級建築士の実務ストーリー。主人公の事務所に持ち込まれる依頼は現実に即しているものながら、マンガとして面白くなるよう演出されていて、惹き込まれます。
個人的に好きなポイントは、矩子が 20 代後半で一国一城 (個人事務所) の主になっていることですね。事務所のデザイン素敵すぎるだろー。私もこんなオフィスを構えたいっ、と悶々としてしまうのです (自宅でできる仕事だけど、外に仕事場を作るのもいいなと思っているので)。
まだ 1 巻しか出ていませんが、今後が楽しみなシリーズ。
小説
なれる!SE シリーズ
ブラックなシステム開発会社に就職した主人公が、凄腕エンジニアな美少女上司の下で、社長が獲得してくる無謀で過酷な案件になんとかかんとか立ち向かい、成長していくシリーズ。各巻のテーマは、開発vs運用、コンペ、プロジェクト管理、カスタマーエンジニアなど。社長から課された無理難題や仕事のピンチを主人公と上司があれこれ工夫してクリアしていきます。
このシリーズを読み始めた当初は、私も新卒で、SE とは何ぞや? と詳しいことはわからず、読み進めていってその仕事の幅広さを知りました。IT って面白いかも!と興味を持つきっかけになった作品です。
上司が美少女なところはどうしようもなくラノベですが、一般向け小説レーベルで出ていてもおかしくない、リアリスティックなストーリー。実際に SE の知り合いができた今では、この小説はフィクションだけれどもかなり現実味のある物語に感じています。