もはある日記

岡山県の西端で、英日翻訳をしています。ここに「も」ステキなもの「は」いっぱい「ある」よ!

読書: 『良い FAQ の書き方』

産業翻訳で訳すドキュメントのジャンルの 1 つ、FAQ (Frequently Asked Questions: よくある質問)。

メーカーであれ、小売業であれ、その他サービス業であれ、大抵の会社が用意しています。一回 FAQ を用意してしまえば終わりではなく、新しい機能、サービス、キャンペーンのリリースに合わせて更新されたり、追加されたりもするので、訳す機会はそれなりにあるのです。

 

FAQ の書き方に特化した本を見つけたので、読んでみました。

今までは FAQ がとりわけ特殊な文書であるとは思っていなかったのですが、FAQ の意義や特徴を知って、訳し方でこんな工夫ができるかも! といろいろヒントを得られる良本でした。

 

本書は、単なる FAQ の書き方のみならず、FAQ のカテゴリの作り方 (第 6 章)、分析とメンテナンスの方法 (第 7 章)、FAQ システムの仕組み (第 8 章) までひととおりカバーしていますが、FAQ を訳すうえでは、第 1 章~第 5 章を読めば十分です。

 

以下、各章のお勧めポイントを紹介します!

 

第 1 章 FAQ はなぜ重要なのか

第 1 章は、「良い FAQ を書くとどんな良いことがあるのか」を具体例を挙げながら解説しています。カスタマーサポートにかかるコストの削減がその一例です。

 

FAQ を機械翻訳して公開したが、訳がイマイチで顧客の疑問を正しく解決できない→コールセンターへの電話が減らず、コールセンターの人員を削減できない… という状況はままあるかと思います (米国の某 IT 企業のヘルプドキュメントの訳がダメダメで全然問題を解決できない、なんてよく聞きます)。

 

逆に、FAQ を適切に訳せば、カスタマーサポートのコスト削減につながる可能性があるわけです。質の高い翻訳を提供することでクライアントのコスト削減にかなり直接的に貢献できるとしたら、翻訳者冥利に尽きますよね~。そんな意義のある文書を訳しているんだ、と思うとモチベーションが上がります。

多くのクライアントはできるだけ翻訳費用を抑えようとしているでしょうが、そこにしっかりお金をかけることで、別のコストを削減できるのですよ、ということを私は強くアピールしたいです。…まぁ、そんなにうまくコスト削減できないかもしれないですけど。

 

第 2 章 FAQ を書くための基礎知識

第 2 章は、第 3 章~第 7 章の要約です。この本をじっくり読むべきか迷っている方は、この章をまず読んでください。このトピックについてもっと詳しく知りたいかも、と思えたら、該当する章をじっくり読むのがお勧めです。

 

第 3 章 Q の書き方 / 第 4 章 A の書き方

筆者が考える優れた Q (質問) と A  (答え) は以下のようなものです。

  • Q: ユーザーが見付けやすく、確信を持って選べる
  • A: Q の文章から期待される内容を端的に回答している

第 3 章と第 4 章では、この優れた Q と A を実現するためのテクニックをビフォー/アフター形式で解説を交えながら豊富に紹介しています。

 

取り上げられているテクニックは、用語・表記を統一する、6W1H にする、リストの粒度を揃える、など、多くは一般的なテクニカルライティングと共通していると言えます。

 

読みどころは、FAQ 特有のテクニックです。例えば、

  • Yes/No クエスチョンにせず、「~を教えてください/を知りたい」という文体にする
  • Q の書き方を工夫して端的な A になるようにする

あたりでしょうか。どうしてそのような書き方を推奨しているかは、ぜひ本書を読んでご確認ください。なるほど納得で、自分が FAQ を書く (訳す) ときに見習いたいこと請け合いです。

 

通常、翻訳は原文に沿ったものにすることを求められるので、FAQ の質はある程度原文の質に左右されてしまいます。Q と A の内容が微妙にずれてる~ (泣) とか、この Q は疑問文 (What can I ~?) だけどこっちの Q は命令文 (Please tell me~) とか。そんなとき、この本のテクニックを活用すれば、訳された FAQ の質を少し底上げできるに違いない…と思っています。

 

第 5 章 FAQ ガイドラインの作り方

この章は、翻訳業界的に言えば、スタイルガイドと用語集の作り方の説明です。普段からそれらに従って作業をしている人にとっては特に目新しい内容はないのですが、この章を読んで、FAQ 用スタイルガイドがあってもいいんじゃない? ということに思い至りました。

 

ここまで読み進めると、FAQ には FAQ 特有の書き方がある、他の文書と FAQ では質の評価基準が違う、ということが分かるはずです。

でも、どうでしょう。私は今まで、FAQ 用のスタイルガイドを見たことがありません。企業によっては、マーケティング文書、技術文書、UI、字幕、と文書のジャンルごとにスタイルガイドを用意していることがありますが、FAQ 用スタイルガイドに遭遇したことがないのです。

FAQ の Q は特に原文の書き方が特殊です。企業目線ではなくユーザー目線 (主語が I や User) で、疑問文が多用されます。しかし、一般的なスタイルガイドは企業目線で文書をどう書くかを定めたものなので、FAQ にそのまま適用できないケースが結構あり、訳文のスタイルをどうするかは翻訳者に委ねられることになります。複数の翻訳者が携われば、スタイルが不統一になる可能性もあります。

 

クライアントさま、翻訳会社さま、ぜひ FAQ 用スタイルガイドの整備についてご検討ください~~~!